軽症HIEの長期予後
新生児の低酸素性虚血性脳症(Hypoxic Ischemic Encephalopathy: HIE)は脳性麻痺や発達遅滞の原因となりうる周産期の重要な疾患であり,Sarnat stageに基づいた神経学的所見によって軽症,中等症,重症に分類されます.初期のSarnat stageに関する論文[Robertson C, Dev Med Child Neurol. 1985; Robertson C, J Pediatr. 1989]において軽症HIEは予後良好とされたことから,軽症HIEは長らく低体温療法を含む積極的な医療的介入や発達フォローアップの対象外と認識されていましたが,近年その考え方が見直されつつあります.MurrayらはHIE児に対して6歳時に認知機能の評価を行っており,低体温療法を実施されなかった軽症HIEではIQが健常対照群より有意に低値で,低体温療法を受けた中等症HIEとほぼ同程度であった事を報告しています [Murray DM, Pediatrics 2016].また,海外での軽症HIEに関する多施設前方視的研究(PRIME study)では,軽症脳症43例のうち18か月時点で16.3%に認知発達の遅れ(Bayley-IIIのcognitive score 85未満),24.6%に言語発達の遅れ(Bayley-IIIのlanguage score 85未満)を認め,4.7%例に自閉スペクトラム症を合併した事が報告されています [Chalak L, Pediatric Res 2018].しかし,軽症HIEについての唯一の多施設前方視的研究であるPRIME studyでも症例数が43例と十分ではなく,より大規模に発達フォローを行う新たな研究の実施が望まれています.
軽症HIEに対する低体温療法の効果については,過去に行われた中等症以上のHIEを対象にした低体温療法のRCTに組み込まれた軽症HIEの症例を統合した系統的レビュー・メタ解析が行われており,低体温療法が神経学的予後を改善させる可能性も示唆されていますが[Conway JM, early hum dev 2018],症例数が低対応療法実施・非実施合わせて100例未満と少なく,統計学的検出力は十分ではありません.またこれまでにRCTも行われておらず,軽症HIEに対する低体温療法の有効性に関する十分なエビデンスは存在しません.
中等症・重症HIEの長期予後
中等症以上のHIEは死亡または神経学的後障害を合併する割合が高く,生後18-24か月時点で中等症,重症それぞれ54%,86%であったと報告されていますが,これに対しては低体温療法の有効性がすでに大規模randomized controlled study(RCT)で証明されており,低体温療法によって18-24か月時点での死亡または神経学的後障害の割合が中等症で32%(リスク比 0.68),重症で70%(リスク比 0.82)まで低下すると報告されています.中等症・重症HIEの長期予後についてはCoolCap trial [Guillet R, Pediatr Res. 2012],NICHD trial [Shankaran S, N Engl J Med. 2012],TOBY trial [Azzopardi D, N Engl J Med. 2014]という新生児低体温療法3大RCTの追跡研究で6-8歳時の認知機能,高次脳機能が報告されてきてはいますが,さらなる知見の蓄積が求められています。
これらは国際的にも今まさに各国で取り組まれている課題ですが、我々もこの状況を一歩先に進め、HIEのお子さんたちに対する医療をよりよくしていくために、今回のNew Baby Cooling Japanレジストリ研究を進めていきたいと考えています。
周産期新生児医学会雑誌へのリンクです
竹内章人.低体温療法のエビデンスup-to-date.日本周産期新生児医学会雑誌 2022;57(4):705-707.